9/12/2010

デジタル時代の…

4年前、米国からの帰国の矢先に米タワーレコードの倒産。
そして先月8/22、渋谷HMVの閉店。
そんな大手の先例通りに米国の老舗レコード店が密かに閉店した。

小規模ながら良質な、影で土壌を支えた名店Fat Beats。
ニューヨークにあるマンションの一室程の大きさのその店舗では、
定期的に、日本であったら大枚を叩かないと観られないような表現者たちが、
無償で作品を披露する。その土壌と空間にあるからこそ実現出来る、
正にNYCの良心といえるような店舗が閉店するに至った。

iPodが市場を独占した頃から始まったと言えるであろう、
音楽ソースのデジタルデータ化。確かに数千数万の曲を、
手のひらサイズのデバイスで持ち歩く事ができるというのは
非常に画期的で、皆その恩恵を受けているという事は否めない。
ただ、それによって生じた歪みによって、結局何かしら跳ね返ってくるという事を
今回の事例が示していると思える。

坂本龍一氏に訊く、これからの音楽のかたちと価値とは
↑これは、正に伝えるべき人が伝えてくれている言葉と言える。
そしてこの記事では語るに至っていないけれど、
それ以上に脅威となっている事例が
P2P等のファイル共有ソフトでの、第三者による作品の配信。

聞き手が作者の「作品」に感動し、「購入する」という、
当たり前の事が希薄になってしまう程、
容易に無料でそれらが手に入ってしまうというこの現状。

これは非常に危険な事だ。

作品に対して、それを享受する為の対価を支払うのは当然の事であって、
それが文化を活性化させていく。

そういう当然の事を無視してしまうような危機的な状況が、
このデジタル化された社会でまかり通ってしまっている。

便利になる事に対する弊害が、
もっと叫ばれるべき状況になってきているんじゃないかな。
失われる事のほうが大きくなってきていると思えて仕方ない。


話戻って


↓Fat Beats NYCの最終週のライブスケジュール。夏フェス状態だったじゃないか 。



















動画もアップされてるし、本当悔やまれるな。
Premoが冒頭で客に向かって、「今でもレコード買ってるやつはどれだけいるんだ?」
なんて問いかけてるのが感慨深いな…








7/31/2010

夏ですね。

あれから15年。











あの頃のトーキョーはもうここには無いみたいです。



1日だけのFuji Rock。
ちょっくら新潟まで行ってきます。

7/03/2010

The End of Asia

イスラエルからエジプト国境へ向かうバスに乗り、景色を眺める。





エルサレム都市圏を抜けるとひたすら続く、乾燥した大地溝帯
その間に水辺にオリーブの木が並ぶオアシスを抜け、
砂漠を抜け、また渓谷が現れ…
そんな景色のループを何度か続ける間に
シャッフル設定していたiPodから一つの曲が流れた。






「アジアの果て」と名付けられたその曲。東方紅をオマージュしたとされ、
"極東"がテーマとなっている曲だが、
広義上その対極の「アジアの果て」に位置する
"中東"という場所の情景と妙に合致し、心地よい感覚を与えてくれた。

そこでそれを感じられたというのはとても大きな事だと思う。
人は定義や分類を求め、区別する事を好むけれど、
そんな定義はどこぞの誰かが作ったものであって、
それが、人の単純な好奇心を阻害する。
「"あれ"は、"ああいう"ジャンルで"あんな"人が好むものだ。」
そういう、作られた固定観念が人の可能性の障害となる。

心をフラットにし、客観的に感受する事により、
とても層の厚い思想や感受性が生まれる。
これって単純な事だと思うけれど、意外とできる人は少ない。

この曲と共に、そんな思いに耽り、心地良くなりながら
広い視野を持っていたいなと…

そういう風なやり取りが己の中でできるだけで、
旅行をするという行為は正解だったのかと思って…

結果、人は抜け出せなくなるんだな……

まさに自分なくしの旅です。





ちなみに、東方紅の動画、リンクしようか迷いましたが、
僕はコミュニストではないので割愛します。

心地よいエグさをもった芸術作品なので、
気になる方はYouTubeにて視聴して下さい。

6/27/2010

テルアビブの白い都市

祝 イスラエル、パレスチナ撮影データ復活!

実は復旧して暫く経っているのですが、
なんとか自力で取り戻しました。ようやく画像をアップできます。




記念に早速…
































宗教と政治とが複雑に絡み合う地、イスラエルとパレスチナ。




"それら"は聖地エルサレムの圧倒的な存在感に影を潜め、
かの地の事実上の首都テルアビブにあります。

そこはもう、エルサレム旧市街の混沌と、2つの"国"の対立が
幻かと思うような穏やかな地であり、そこに林立する"それら"は
自分が認識する中で、世界遺産認定を受けた
数少ない近代建築群ではないかと思います。

暗い話や小難しい話は抜きに、純粋に楽しめた
知る人ぞ知る街を紹介します。


まず、詳しい説明は下記のリンク先に…


テルアビブの白い都市

バウハウス







ミニマルで、無機質で、質実剛健。






しかしながらどこか温もりがあり洗練された
デザインされていないデザイン。


資材や様式は全く違えど、
その哲学は、日本の侘び寂び
数寄屋造りなんかに通じると感じた。


こんな建築物が、街の一角に4000軒以上連なる様は壮観で、
更にこれらは今なお現役で活躍し、国の宝として、保存、修復の
対象とされているという事実に敬意を感じた。


やはり、こういう文化的で生活感の漂う"遺産"は
とても心引き付けられますね。
正直、この"遺産"は、あの旅行中訪れた場所の中でも
トップクラスに入る程良かったのでした。

4/21/2010

In Memory of…

度々の訃報です。

























   


ニューヨーク。この地で培われたものに魅了され続けてきた。
例えるならばダダから始まりフルクサス、ポップアートなんかの芸術運動から
ビート・ジェネレーションとカウンターカルチャーと…etc

一つずつあげていったらキリがない程
この街で生まれたものに影響を受けてきた。

その中でも、おそらく現在最も新しく
尚且つ自分が辛うじてリアルタイムで
触れることのできたであろう文化がHip Hop。

95年を過ぎたあたりから徐々に歪んでいき、
そのアクの強い性質上偏った解釈をされるようになり、
昨今に至っては、急激に広がったマーケティングに群がる連中に
押しつぶされつつあるが、多感な時期にその文化と出会うことができた。

そして年を重ねるごとに理解が深まり、その芸術性と文学性
社会性に更に魅了されることとなり、
渡米を決心する一つの要因になったといっても過言でない。

この大きなムーブメントを構成した要素は数あれど、
やはり一番魅力を感じたのがサンプリングという手法を発展させていった
〝音〟であり、それを磨き上げた最重要人物がDJ Premier。
その彼を見出して、彼と共に数々の傑作を生み出したGuruが亡くなった。

それは、この文化にとって重要なものの一つが
欠けてしまったという事を意味する。

自分が渡米したころには既に末期的状態にあったニューヨーク。
年齢的考えるとどうしようもないことだが、
そこへたどり着くには明らかに10年以上遅かった。

そんな中でも、大変に刺激ある空間は未だ残っていたし、
その歴史の片鱗を感じられるよな場所にも赴き、
文化を肌で感じられたとは思う。

ただやはり、どんどん衰退しているのは間違いなく、
そんな折にこんなニュースを聞くと打ちひしがれる。

色々なことが出尽くして、暫く何も新しいものが生まれていない昨今。
後から生まれた者の宿命ではあるけれど、
今後どう新たな彩を見出していくかということを重要視していきたい。





Rest in Peace Guru.




ニューヨークの去りし日々も、
たまには書き留めておかないと
どんどん風化してしまいそうです。

4/18/2010

チュニジアンブルー

白い建物に青い扉
そして地中海。


























それでも文字はアラビア語で
モスクがある不思議な空間。

4/09/2010

R.I.P

4月8日。ヴィヴィアン・ウエストウッドの誕生日だったそうですな…






R.I.P

1/19/2010

ふしあわせという名の猫

亡くなった人の話が多いですが…
歌手の浅川マキさん死去 ホテルで倒れ





初めて聞いたとき心奪われた曲



後に作詞寺山修司ということを知り、
更に「その世界」へと傾倒するきっかけとなった作品です。


それから時が過ぎ

光栄ながら、仕事で寺山作品に携わることができ、
彼の秘書であった田中未知さんや
生前から彼の作品に携わった人たちにお会いする事もできた。

皆さん詩的で素敵な人でした。





閑話休題

こういう良き時代を築いてきた表現者たちが
次々いなくなってしまう事が悔やまれます。




ご冥福をお祈りします。